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生花祭壇講習は投資だ

あけましたね、2014年。


年明け一発目の記事というコトでかなり気合を入れて書いてみました。

2014年の所信表明的なコトとか生花祭壇講習の本質的なコトとか、いろいろ書いているうちに内容がまとまらなくなり、1月5日にアップする予定が3日遅れの投稿になりました。

久しぶりの長い記事になりましたので、今回の記事についての説明もしておこうかと思います。

その前に、まず今年の予定としては、休止していた「生花祭壇講習の募集」を春までのどこかのタイミングで再開しようと考えています。ただし間口は狭くなると思いますので告知はしません。ホームページに記載されてある休止の文言を削除するだけの作業にとどめます。

今回の記事は主にこれから生花祭壇講習をお考えの方に向けて書いていますが、真のターゲットはその中でもほんの一握りの人に向けてです。

ほんの一握りの人に響けばいいなぁ~と思って書きました。

記事のタイトルも「生花祭壇講習は投資だ」と付けましたが、このタイトルには付けきれなかったサブタイトルがあります。

サブタイトル候補は以下のような感じです。

「生花祭壇講習は投資だ」~愚か者はその場の満足しか求めない~・・・だったり、

「生花祭壇講習は投資だ」~子供じみた決断ならしないほうがまし~・・・だったり、

「生花祭壇講習は投資だ」~私はこうして見込み顧客を減らしていく~・・・といったサブタイトルでもよかったかもしれません。

いずれにしろサブタイトル候補の通り、記事の内容は刺激の強いものになっている可能性があります。


話はちょっと逸れますが、テレビのお話。

自分の子供時代からしてもずいぶんと多チャンネル化の進んだテレビ番組についてです。

24時間休むことなく垂れ流されているテレビ番組ですが、いつの時代にも番組の有害性の有無に関する議論って存在しますよね。

特にお子さんに見せたくない番組という切り口においては、その有害性のことがことさら強調されるような気がします。

でも個人的にはその番組を見るか見ないかは見ている人が決めればいいことだと強く思っています。

見たくない、見せたくないならチャンネルを変えればいいじゃありませんか。テレビを消してほかのことをするという選択肢だってあるはずです。

僕たちはテレビを見る権利は持っていますが、見なければならないという義務までは背負っていないはずです。


今回のブログの記事、読む人によっては気分を害する可能性が大いにあります。

気分を害されたくない人はどうかあなたの権限によって、これ以上読み進めるのはやめてください。

気分を害されたくないあなたには読まないという選択肢だってあるのですから・・・





















それでも読んでみようかなって方はどうぞ!

前置きが長くなってしまいましたが、2014年最初の「生花祭壇奮闘記」はじまるよ~



■当方の生花祭壇講習は投資です

投資っていろいろな解釈の仕方があると思います。

投資とは今の気持ちを満足させるものではなく、将来の気持ちを満足させるものです。

今の気持ちを満足させるのは消費であって投資ではないんですね。

個人的にはそんなふうに解釈しています。

満たしたいのは「今の気持ち」か「将来の気持ち」か。。。

お金を払ってでも技術を身につけたいなら、将来の気持ちを満足させるための「投資マインド」を持つべきです。

本当にイッパシの技術を身につけたい人にとって、投資マインドというのはとてつもなく重要です。

このマインドが欠落している人は、大切なお金をかなりの高い確率で消費という今の気持ちを満たすことに使ってしまいます。

今の気持ちを満たすために消費した結果、得られた満足感はすぐにでもなくなってしまいます。

そしてまた次なる満足感を求めて次の消費をやっちゃうわけですね。

消費に終わりはないのは、世の中の真理です。

技術とは人に身につくモノであって、目に見えるような形として残るモノではありません。ほんのちょっと技術が身についても実感に乏しいわけですね、見えるわけではないので。

今の気持ちを満足させたい欲求の原因は、そんな実感の乏しさから来るのかもしれないと感じています。目には見えない形のないモノだからこそ、すぐに得られる満足感で埋め合わせてはいけないんですけどね。

楽なほうに手軽なほうに進んじゃうわけです。今の気持ちを満足させるための消費は、やがて浪費という結果をもたらす可能性があります。

ロ・ウ・ヒ

なんだかムナシイ響きですよね。

たとえ浪費という結果を味わったとしても受け止めるしかないという現実だけは残ってしまうわけです。

浪費は今の気持ちを満たしたい欲求、すぐにでも満たされたい願望に心奪われた結果です。お金を払ってでも技術を身につけたいなら消費してちゃダメだっていうことですね。

将来の気持ちを満足させるためにはそれなりの代償は必要です。それでも今の気持ちを満足させるために払う代償の比ではないというコトです。

大切なお金を使った結果として”虚しさ”しか残らないというのはツライと思うよ。ウチの生花祭壇講習では将来の気持ちを満たすために大切にしているコトがあります。

それは痛みを感じてもらうコトです。

僕たちは痛みを感じて初めて思い知ることが多々あります。ただ”知る”だけではダメなんです。ただ”知る”だけでは終わりの始まりになってしまいます。

技術を身につけるための真のスタートラインに立つためには、「知る」のではなく痛みを感じて「思い知る」ことこそが最も重要かと思います。

痛みを感じてもらう最大の目的はそんなところにあります。

ウチの生花祭壇講習では、技術のなさを痛感してもらいます。

技術を身につけるために必要な見る目のなさを痛感してもらいます。

見る目が多少ついてきても、思うように挿せない悔しさを痛感してもらいます。

講習の初期段階においては悔しさばかりが先行します。痛み感じまくりのつらいコトだらけです。

でもそこで感じる多くの痛みこそが将来の気持ちを満足させるためのパスポートとなります。

投資には覚悟が必要なんです。



■投資だという思い込み

経験ないですか?

何とかして技術を身につけたい、是が非でもウチの従業員に技術を身につけてもらいたい。そんな思いで何らかの講習会に参加した、もしくは従業員さんを参加させた。

帰ってきて感想を聞くと、

あんなに早いスピードでキレイに挿せるなんて感動しました

左右対称のデザインを2人で片方ずつやって、左右がきちんと合うなんてスゴイです

感動したとかスゴイとか、こういった感想をもった・もらった時点ですでに「技術を身につける」という当初の狙いからは遠ざかっています。

そのことを満足感で補っているのが、感動したとかスゴイという感想の正体なのかもしれません。

「いいもの見ることが出来たぜ~」とか「いい話が聞けたぜ~」的な感じで今の気持ちが満たされることに喜びを感じる人は、投資をしているつもりで実は消費をしているんですね。

いいもの見れたから、いい話が聞けたからといって、3年前と今とではたいして変わってないんじゃないですか。ほとんど成長してないんじゃないですか。むしろ後退してませんか。

どれだけ生花祭壇講習会というものに参加しても、どれだけ生花祭壇のデモンストレーションを見ても、どれだけ生花祭壇講習の教材を買っても今の技術力がアップしないのは、消費マインドが強いからです。

ホントは消費であり浪費であるようなことも都合よく投資だと思い込んでしまうのは、人間の中にある無意識の心理、深層心理なのかもしれませんね。



■消費マインドを封印せよ

新しい年が明け、自然と気持ちも新たになるとがんばろうという気持ちも湧いてきます。そんな新しい気持ちに任せて今年こそは技術を身につけようと決断する人もいらっしゃるかもしれません。

でも何気に決断という言葉は使わないほうがいいかもしれませんよ。特に新年の決断は実行を伴わないことも多いと思いますから。

それに決断って、あれをする・これをすると「すること」を決めることではないと思うんですよね。あれをする・これをすると決めるだけの決断なら子供でも出来ます。

僕たち大人がしなければならないのは、あれはしない・これはしないという「断つこと」を決めること。

これこそが決断の本質だと思いますし、大人の決断はそうあるべきだと個人的には思っています。やらないことを決めることで、やることは自然と見えてくんじゃないでしょうか。

お金を使って技術を身につけたいならば、今の気持ちを満たしたい願望は断つべきです。

今の気持ちを満たすことにフォーカスしている間はたいした成長はありません。ちょっとやそっとなぞった程度、技術の上っ面をかじった程度で技術は身につかないのです。



■将来の気持ちを満たすために

今日やったことがすぐに身につかないからこそ、生花祭壇講習には消費マインドではなく投資マインドをもって臨まなければいけません。

今の気持ちを満たしたい願望を封印し、満たされない今の気持ちをエネルギーに変えて将来の気持ちを満たすために行動するのです。行動には痛みが伴います。

満たされない気持ちを抱えたまま、いつ来るともしれない将来のことを信じて頑張り続けるのはつらいことです。

この種の痛みが技術を身につけて行く過程で最もつらい痛みかもしれません。最もつらい痛みを抱えながらも、それでも信じて真剣に闘ってる人は現にいらっしゃいます。

そんな姿に僕は感銘を受けます。そんな人だからこそ敬意を払ってお付き合いしていきたいと思いますし、大きな力になっていきたいと心底思うわけです。

逆に言うと、僕はそういった方しか応援出来ないちっちゃな人間です。たくさん失敗して、たくさん学んで、たくさん吸収してください。

この技術を骨の髄までしゃぶってください。僕なんかよりもはるかに上手になってください。こんな小さい人間なんか軽く抜いちゃってください。

数年後の気持ちを満たすためにがんばっていきましょう。

技術は鍛錬の積み重ねによって身につけていくものです

ウチの生花祭壇講習は教えることよりも、鍛えることに重きを置いています。鍛錬の積み重ねこそが技術を身につけるための王道です。

鍛錬していくために僕は努力の正しい方向性を示しますし、技術の伸び代をつくります。

努力の正しい方向性のもと、是が非でも伸び代を埋めちゃってください。伸び代が埋まればさらなる伸び代をつくることは出来ます。

今は見えないかもしれませんが技術のある人は例外なく努力してきた人たちです。鍛錬を積み重ねてきた人たちです。

今感じている差は「鍛錬の積み重ねの差」でしかないのです。僕が生花祭壇講習を通して身につけてもらいたいモノは技術であることに疑いの余地はありません。

ただし技術を身につけるコト以上にに感じてもらいたいコトがあります。

それは努力を継続するコトの素晴らしさです。

その素晴らしさは今すぐに感じることが出来ません。努力は結果よりも偉大ですが、評価されるのはいつだって結果のほうです。

でも大丈夫、結果が評価されることで努力を継続してきたことの素晴らしさは感じることが出来るから。



2014年も「生花祭壇奮闘記」をよろしくお願いいたします。


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