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結果という現実

僕たち飾り手が生花祭壇作成の技術を向上させるためにやるべきことは、「結果という現実」を手に入れることです。

結果の良し悪しやその程度は別にしてね。


■深める

例えば料理において、「今まで」よりさらにおいしくしていくためにはどんな調理方法が良かったのかを再考していかなければ、進歩ってきっと望めません。

「焼く」という方法でやったけど、使った食材に対しての火加減とか加熱時間は最適だったのか。

もっと強火で焼いておけば良かったんじゃないか。

蓋をして焼けば良かったのかな。

下ごしらえで工夫すれば、もっとおいしく焼けたのではないか。

「焼く」という一つの調理方法を深めるだけでも、見えてくるコト感じるコトがいろいろとあるかもしれません。

しかし、深めたことで見えて感じても、それらを試さなければ見えなかった感じなかったと同じコトになっちゃいますよね。


■広げる

「焼く」以外の選択肢はなかったのか。

調理方法を広げて考えると、見えたり感じたりする可能性はさらに広がるかもしれません。

「茹でる」「煮る」「蒸す」「揚げる」・・・などなど。

しかし、「焼く」という調理方法しか知らない人にとって、ほかの選択肢はそもそも存在しないのと同じコト。

さらに言うと、仮に知ってても試さなければ可能性を広げてないのと同じコト。

「まぁ、いいか、また焼いとけ」と、今までに落ち着いてしまうことに違和感を感じくなくなるのはとっても悲しいコトだと感じてしまいます。


■試みる

「結果という現実」を踏まえて、「深めるコト」「広げるコト」の全ては試みるために行うコトだと思います。

生花祭壇作成の仕事を続けていく以上、「結果という現実」は常にスタートラインになります。

そこから目をそむけることなく深める、広げる。

そうして試みるところまでやった時に得られるコトが、本当に身につく可能性のあるコトなんじゃないかと思いますよ。

結果を作り出した原因を洗い出し、現実を良くしていくという理想を追究するコト。

地味ですが、向上していくためにはこんなサイクルを繰り返していくコトが必須だと感じています。

結果という現を手にするコト。

始まりはそこからです。

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