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失敗に勝る教材なし

例えば、インターネットでどんなに素晴らしい生花祭壇の画像を眺めても、かなりの高い確率で技術力はアップしません。

その画像は「いつかの日かたどり着きたい目的地」のようなものになる可能性はあります。

目的地の設定は大切です。しかし、もっと大切なのはその目的地にたどり着くまでのルートを認識することだと思うんですよね。

画像というのは無機質なもの。

しかも、その素晴らしい生花祭壇の画像は「赤の他人が挿したもの」だったりするわけですよね。

それを挿したのは誰なんでしょうか?

それは何人で挿したのでしょうか?

それはどのくらいの時間をかけて挿したものなのでしょうか?

そんな簡単な属性でさえ僕たちは知ることができません。

検索すれば簡単に「答えのようなもの」にたどり着ける今の時代にですよ。

生花祭壇作成の技術力を上げていきたいと願っている方にとって、赤の他人の挿した「完成品のようなもの」を眺めたところで、その画像から学べることなんてほとんどありません。

技術力アップを切に願っている方ならば、「赤の他人の完成品」よりも「自分自身の不完全な」生花祭壇画像のほうがかなりの高い確率で学べることが豊富です。

失敗したからといって写真を撮らないのは、秀逸な学習教材を捨てているのと同じ行為だと思います。

とっても残念、もったいないぜ~。

学ぶべき教材は常に自分自身が持っているはずです。

自分が挿した時の環境は自分にしか分からないはずですから。

自分の失敗から目をそむけて、赤の他人の完成品のようなものに目を向けてもイカンのですよね。

「自身の失敗」を深く見つめて「自身の失敗」から学ぶコト。

失敗を次に活かそうとする行為を積み重ねていくことこそが、成長につながるのではないかと思います。

失敗は偉大な教材です。

自分はいつもそう思っています。
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