FC2ブログ
トップページ | 全エントリー一覧 | RSS購読

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

適正価格

「適正価格」という言葉が嫌いです。

いろんなところで「適正価格」を目指しますとか、「適正価格」を実現します、などの謳い文句によく出くわします。

例えば、100円で仕入れた花を200円で販売して100円の利益を得る。200円という販売価格は適正価格なのでしょうか。

「生花」の場合、「仕入価格」というのは常に変動しますよね。

もし仕入価格が150円になった場合、販売価格はそのままの200円なのでしょうか。それとも250円に値上げするのでしょうか。

前者の場合は「販売価格の据え置き」で利益は50円。

後者の場合は「利益の据え置き」で利益は100円。

「利益を削ること」が適正なのか、「利益を確保するために値上げする」のが適正なのか。

どっちも正解のような気もしますけど、どっちも不正解なんじゃないかと激しく思ったりもします。

何をもって「適正価格」とするのか?

4月に入ってからというもの、考え事に使う多くの時間を「適正価格」に費やしていました。

きっかけは葬儀担当者さんからの一言。

「ウチの提示している祭壇金額って適正なんですかね?」

4月のしょっぱなに「問い」を投げかけられ、自分は何も答えられませんでした。

ため息をつくように「さぁ~」としか答えられませんでした。

「さぁ~」は答えじゃないね。。。
自分なりの回答すら持てていないってなんだか悔しいやら情けないやらで。。。

だから考えたよ、真剣に。考えちゃったよ、マジで。

そして一つの結論に達しました。

「適正価格」なんてものは存在しないってこと。

持論になりますが「適正価格」という考え方の出発点は、いつだって「勘定」です。もっと言えば、「適正価格」という考え方って「感情」を抜きにして「勘定」にのみ焦点をあてる販売価格の決定手段だと思うんですね。

なので「感情」が「勘定」を上回らなければ「不適正」だということになります。

本来大切なのは「勘定」よりも「感情」ですよね。

「勘定」の前に「感情」を考えることって、とっても大切なことだと思うんですね。

どんな気持ちになってもらいたいのかってこと。

「適正価格」というものがあったのは、日本が経済成長していた時代に存在していたものではないかと想像しています。大量生産、大量消費の時代。新しいモノを並べておけば売れる時代。もう遠い昔になっちゃいましたよね。

時代が変わってしまった現在において「感情」を無視した「適正価格」はすでに過去のもの。もし今あるとしてもそれはきっと亡霊です。

わたしは「適正価格」という言葉に「温度」を感じません。「適正価格」という言葉に仕事への「情熱」も感じません。「適正価格」という言葉に商品への「愛情」すら感じません。

だから私は「適正価格」という言葉が嫌いです。

「適正価格」という言葉に「未来」も感じないしね。

自分は未来を感じる、感じさせてくれるものが大好きです。

スポンサーサイト

プロフィール

最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

ブログ内検索

RSSフィード

リンク

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。